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全沖縄空手古武道連合会
教士 七段 免状

世界松林流空手道連盟
教士 八段 免状

1967年アメリカにて
雑誌ブラックベルトの取材

国際松源流空手道協会

初代会長 田 場 兼 靖

範 士 十 段

1933~2012

1933年(昭和8年)        7月5日生まれ 沖縄県那覇市泊出身 6人兄弟の長男として生まれる。  

1941年(昭和16年)        アジア太平洋戦争が勃発。

1944年(昭和19年)        8月21日宮崎県へ疎開の為、総員1661名と共に対馬丸にて、那覇港を出航 翌日の8月22日22時15分、

                    アメリカ軍潜水艦ポーフィン号からの魚雷を受け。沈没 幸運にも3日目の夕方日本軍の軍艦の発見され救出された。(対馬丸の生存者である)

1948(昭和23年)          終戦後、15歳で、松林流開祖、長嶺将真先生に師事する。(長嶺道場の戦後1期性)

1951年(昭和26年)         2月、長嶺先生が本部署転勤の為、沖縄小林流空手道協会、初代会長の知花朝信先生に師事する。

                    その後、道場が首里、浮島通り、松尾と移転するも、各道場で稽古に通う。

1952年(昭和26年)          アルゼンチンから帰郷した、少林流松村正統空手道開祖 祖堅方範先生に師事する。
        
1957年(昭和32年)         当時の長崎市長の招待により長崎にて長嶺将真氏、宮平勝也氏、長嶺担吉氏、大城一晃氏、渡嘉敷唯心氏仲里周五郎氏ら共に、空手を披露した。

1962年(昭和37年)          東京にてNHKの番組(私の秘密)に出演し、空手、瓦割り、ヌンチャク等の演舞する。その後、大阪・福岡でも空手等を披露した。

1967年(昭和42年)         
全沖縄空手古武道連合会 会長 比嘉清徳先生、範士 仲村 茂先生、範士 上原清吉先生より、教士 七段  を允許する。

1967年(昭和42年)          アメリカ、ロサンゼルスにて、沖縄県人会の協力の基、伊波清吉氏、喜納政順氏と共に、松林流アメリカ支部を設立する。

1975年(昭和50年)         世界松林流空手道連盟会長 長嶺将真先生より 教士 八段 を允許する。

1997年(平成6年)頃        世界松林流空手道連盟会長に就任 

2002年(平成14年)         沖縄松源流空手道協会を設立、初代会長に就任する。本部道場を糸満市座波に開設。

2005年(平成17年        松源流空手道 アメリカセミナーにて指導

2006年(平成18年      松源流空手道カナダセミナーにて指導訪問/国場道場開設

2007年(平成19年)        3月 松源流空手道アメリカ支部指導開設 (但し、国際松源流空手道協会、設立により支部を閉鎖)


    同年        11月 松源流空手道カナダ支部指導開設 (但し、国際松源流空手道協会、設立により支部を閉鎖)

2008年(平成20年)            オーストラリア支部開設及び指導訪問

2012年(平成24年)    病気療養中、7月7日 80歳にて死去。

 

2014年(平成26年)   1月 田場会長の意思を継承すべく、松林流、長嶺将信先生の最高位の弟子であり、松源流設立のメンバである、

        

            範士 玉城 剛先生に賛同していただき、他、8名の空手家と共に、国際松源流空手道協会を設立しました。

                 

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